コロナ契機のリスタート ネットカフェから介護職へ

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コラム(社会・くらし)
2020/10/3 2:00
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ネットカフェから閉め出された時、ベッド代わりにしたベンチに座る山野さん(東京都足立区)

ネットカフェから閉め出された時、ベッド代わりにしたベンチに座る山野さん(東京都足立区)

「もしコロナがなかったら、ネットカフェでの生活をずっと続けていたかもしれない」。山野太一さん(仮名、48)は数カ月前までの生活をそう振り返る。

高校卒業後、消防設備の点検や修繕を行う会社に正社員として就職した。専門的な話を分かりやすくお客さんに伝えるのが楽しく、仕事は充実していた。結婚し3人の子供にも恵まれた。30代になると社内の信任も厚くなり、現場責任者として30人以上の部下を抱えるまでになった。

だが34歳を過ぎたころ、突然の転機が訪れた。会社を先頭で切り盛りしていた社長が急死したのだ。会社は倒産し、転職を余儀なくされた。

新しい職場ではなぜか周囲から声をかけてもらえなくなり「人間不信になった」。家庭の歯車もいつからかきしみ、離婚した。

その後しばらくして再就職した先が、倉庫関係の日雇いの仕事だった。人間関係が嫌になっていた自分には、ちょうどよかった。ネットカフェで過ごすようになったのはそのころからだ。

当初は独特の雰囲気に戸惑うこともあったが、だんだん何も感じなくなった。個室の小さなテレビに、焦点の合わない視線を向ける夜。「このままではダメだ」と思っても、現実に何ができるわけでもない。「今日も無駄に1日を過ごした」と感じ、また同じ次の日が始まるだけだった。

永遠に続くかと思われたこの閉塞感を突然破ったのが、新型コロナウイルス禍だった。

コロナの感染拡大に伴い、政府は4月7日に緊急事態宣言を発令。東京都でもネットカフェに休業要請が出された。いきつけにしていた店には、都の要請に先回りして早々と休業を知らせる看板が置かれた。山野さんの財布には500円も残っていなかった。

仕方なく向かったのは荒川の河川敷だった。強い風が吹きつけて寒く、あいにくの雨も降った。川をまたぐ環七の高架下でレジャーシートを体に巻き付けて横になった。寒さと騒音で眠れず、頭の中では「どこまで落ちるんだろう」との思いがぐるぐると巡り続けた。

行き場をなくし野宿した高架下を見つめる山野さん(東京都足立区)

行き場をなくし野宿した高架下を見つめる山野さん(東京都足立区)

そんな時にふと思い出したのが、以前テレビで見た、住宅困窮者向けの行政支援策「TOKYOチャレンジネット」だった。行政の援助を受けることには抵抗感もあった。だがもう失うものもない。だめもとで、相談窓口へ駆け込んだ。

「大変でしたね」。相談員の女性はそう受け止めてくれた。その日からホテルでの宿泊が認められた。久しぶりに落ち着いた環境で自分を見つめ直すと、もともと人と接する仕事が好きだったことに思い至った。

TOKYOチャレンジネットでは介護職員の初任者研修を実施している。相談員の勧めもあり研修を受けることにした。参加すると、介護士の講師の実体験に基づく説明にぐいぐい引き込まれた。「大変そうだが、間違いなくやりがいはある」。山野さんは介護職に挑戦すると決めた。

それから2カ月余、研修は無事終了した。障害者の生活介助を行う施設への就職も決まった。

「今思えば、コロナは自分を変えるきっかけになった」。1年半続いたネットカフェの生活を終え、今ではアパートに暮らす。「介護分野で経験を重ね、上位資格にチャレンジしていきたい」。期せずしてコロナがもたらした再起の道を踏みしめ、山野さんは前へ進もうとしている。

文  鬼村洋平

写真 石井理恵

■生活困窮者、コロナで増加 支援窓口「気軽に相談を」


 いわゆる「ネットカフェ難民」は、東京都の2018年の試算によれば都内で1日当たり4000人程度いると推測されている。住宅困窮者を支援するTOKYOチャレンジネットの小田智雄所長は「コロナ禍で、仕事にも住宅にも困っている人が増えた」と話す。
TOKYOチャレンジネットでは住宅困窮者に対し就労相談や住宅の一時提供を行っている。2月ごろからコロナ禍の影響を受けた相談者が増加してきたため、4月には100室だった一時住宅を500室まで増強することを決めた。
 国による生活資金融資や家賃補助の制度もある。小田所長は行政の支援を受けることにちゅうちょする人もいるとしながらも「気軽に相談にきてほしい。自己決定を尊重しつつ最適解を一緒に考えていきたい」と話す。
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